大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和53年(ワ)1199号 判決 1981年3月18日

原告

岡村瑛子

被告

都タクシー株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、五三九万八〇二二円および内金四八九万八〇二二円に対する昭和五二年一二月一五日から、内金五〇万円に対する本判決言渡の翌日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告ら、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し、一七三一万二九八五円およびこれに対する昭和五二年一二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  本件事故の発生

日時 昭和五二年一二月一四日午前二時四〇分ころ

場所 京都市伏見区鍋島町一六番地先国道二四号線上

態様 被告遠藤章は普通乗用自動車(タクシー、以下加害車という)を運転して北進中、東から西へ横断歩行中の原告と衝突し、跳ねとばした。

(二)  原告の受傷および治療経過

原告は本件事故により頸部外傷Ⅱ型、頭部挫創、四肢挫傷、両膝副側靱帯損傷、骨盤骨折の傷害を受け、受傷直後から昭和五三年四月二〇日までの間蘇生会病院へ入院して治療を受け、その後同病院に通院して治療を受けたが、昭和五四年六月五日、顔面に一ないし七センチメートルに亘る四個所の赤褐色線状痕、左膝部に同様の五個所の赤色痕、前歯二本の歯科補綴の後遺症を残し症状固定した。

(三)  被告らの責任

1 被告都タクシー株式会社(以下被告会社という)は加害車を所有しタクシー業務の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により責任がある。

2 被告遠藤章は前方不注視および徐行停止を怠つた過失により本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条により責任がある。

(四)  損害

1 療養費 二七二万一四六五円

(1) 治療費 一九七万八一六五円

(2) 入院雑費 七万六八〇〇円

一日六〇〇円当たり一二八日分

(3) 付添費 六五万七五〇〇円

(イ) 昭和五二年一二月一四日から同五三年一月三一日まで四九日間につき一日当たり八〇〇〇円

(ロ) 同五三年二月一日から同年三月三一日まで五九日間につき一日当たり四五〇〇円

(4) 通院交通費 九〇〇〇円

昭和五三年四月二一日から同五四年六月五日まで五〇日につき一日あたり一八〇円

2 逸失利益 六四九万六五一二円

原告は本件事故当時訴外東邦観光株式会社経営のクラブ「ハレム」にホステスとして勤務し、一カ月平均四〇万〇七七六円の給与収入を得ていたが、本件受傷のため事故の翌日から昭和五三年五月二〇日まで休業し、以後同一職場に復帰したが傷が完治していないことと長期休業のため客の指名が激減し指名料を基本とする給与が大幅に減り一カ月平均二一万三五八三円の給与しか得られなかつた。事故前と同様の給与を得るようになるためには努力しても今後一年間を要する。

その間の損害を算出すると次のとおりとなる。

(イ) 休業損害 二〇〇万三八八〇円

40万0,776円×5カ月=200万3.880円

(ロ) 給与減額分 四四九万二六三二円

(40万0,776円-21万3,583円)×24カ月=449万2,632円

3 慰藉料 六五〇万円

(イ) 入通院分 二〇〇万円

(ロ) 後遺症分 四五〇万円

4 弁護士費用 一二〇万円

(五)  よつて原告は被告に対し右損害金とこれに対する不法行為の翌日である昭和五二年一二月一五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張

(一)  認否

1 請求原因(一)の事実は認める。

2 同(二)のうち原告の受傷の内容およびその主張の日に症状固定の診断を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

3 同(三)のうち被告遠藤章に徐行停止を怠つた過失があるとする点は争うが、その余は認める。

4 同(四)は争う。なお原告は本件事故に基づく受傷の治療に併せて糖尿病の治療も受けており、またこれら治療については医師の過剰な診療が行われていたから、損害の算定についてはこのような点を考慮すべきである。

(二)  主張

1 過失相殺

本件事故現場は国道二四号線の横断歩道上であるが、右横断歩道には押ボタン式信号機が設置されておりその南北には歩行者の横断禁止の交通標識が設置されていた。右国道は夜間でも交通量が多く人の横断の危険な場所であり、本件事故当時右信号は赤色燈火を示していたのに、原告はこのような事情を熟知し、かつ加害車が接近しているのを認識しながら無事横断できるものと軽信して、無謀にも横断を開始したため本件事故が発生したものである。なお本件事故発生時間は人通りが途絶えて横断の全く予想されない午前二時四五分であり、また右横断歩道南側には水銀灯が設置されていたもののさほど明るくなく、その上原告は黒色ワンピースに茶色ハンコートという見にくい服装であつた。

以上のような点からすると本件事故の発生については原告にも重大な過失があり、その過失割合は七割を下らないというべきであるから、その過失相殺がされるべきである。

2 弁済および損益相殺

(1) 被告会社の弁済

昭和五三年三月四日 二七万円

同月二五日 一三万五〇〇〇円

同年四月二四日 一三万五〇〇〇円

(2) 自動車損害賠償責任保険金 二〇三万円

(イ) 治療費分 四六万円

(ロ) 後遺障害分 一五七万円

原告は昭和五四年七月頃後遺障害につき一二級一四号の認定を受け、右保険金の支払を受けた。

(3) 災害入院保険給付金 三六万円

原告はその加入していた保険契約の災害保障特約条項により右金額の支払を得たが、これは原告の入院により生じた出捐の填補を目的とするものと思料されるから損益相殺されるべきである。

三  被告らの主張に対する原告の認否

(一)  過失相殺の主張は争う。

(二)  弁済および損益相殺の主張のうち(1)(3)の支払を受けたことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生および原告の受傷

本件事故の発生事実およびこれにより原告がその主張のような受傷をし、昭和五四年六月五日症状固定との診断を受けたことについては当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

(一)  被告会社の責任

加害車が被告会社の所有であり、被告会社がこれをタクシー業務の用に供していたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば被告会社は自動車損害賠償保障法三条により原告の損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告遠藤の責任

1  成立に争いのない乙第一号証、第三ないし第三二号証および証人辻本和平の証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、本件事故現場は車道幅員約一〇・八メートルの国道二四号線と幅員約六ないし六・五メートルの道路とがやや不定型に交差する交差点に接して設けられている横断歩道上であること、右交差点には信号機の設置もなく、交通整理も行われていないが、横断歩道には人の形の記号を有する歩行者用信号機が設置されており、同所以外の付近一帯は歩行者横断禁止の規制がなされていること、右信号機は押ボタン式であつてその表示はボタンを押さない限り常時国道側は黄信号の点滅、横断歩道側は赤信号を表示しており、ボタンを押した場合横断歩道の信号が青色表示となる形式のものであること、当時右横断歩道の信号は赤色表示であつたが、原告は深夜で交通量が少く南方かなり遠方に加害車を認めたけれども、その到来するまでに横断を完了することができるかそうでないとしても加害車が減速徐行して安全に横断させてくれるものと判断して歩行横断を開始し、格別加害車の動静に注意を払うこともなく西方を向いたまま横断したものであること、被告遠藤は空車で制限速度四〇キロメートル毎時の前記国道を約八〇キロメートル毎時で走行して本件交差点に接近し、同交差点の手前一〇〇メートル付近で右信号が黄色点滅であることに気づいたが、更に進行しその手前約四〇メートル付近に至つた時右交差点北東角の歩道上に人影を認め、乗客かも知れないと約六〇キロメートル毎時に減速し、もし合図があつたら直ちに停車しようとその動静に気をとられて、そのまま進行したため衝突するまで原告に気がつかなかつたこと、本件交差点の東南角と西南角にはアーチ式の水銀灯が設置されておりまたその付近には他にも水銀灯が設置されているため夜間でも比較的明るく、およそ九〇メートル手前で右の横断歩道の存在およびその付近の人影を確認することができたこと、の各事実を認めることができ、前掲の証拠中これに反する部分は措信しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば被告遠藤は前方不注視、制限速度不遵守の過失により本件事故を発生させたものといわねばならないから、民法七〇九条により原告の損害を賠償すべき義務がある。

三  治療経過および後遺障害

成立に争いのない甲第二号証の一、二、第四号証の一、二、第七、第九、第一〇号証、乙第二三、第二四、第三一、第三六、第三七号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨ならびにこれにより原本の存在およびその成立の認められる甲第二号証の三、第四号証の三ないし七によると、原告の治療経過および後遺障害の部位、程度は次のとおりであることが認められる。

1  治療経過

(イ)  昭和五二年一二月一四日から同五三年四月二〇日まで一二八日間京都市伏見区内の蘇生会病院に入院。

(ロ)  同五三年四月二一日から同五四年六月五日まで同病院に通院(実治療日数五〇日)。

2  後遺障害(昭和五四年六月五日症状固定)

(イ)  顔面赤褐色線状痕

額部に二カ所(長さ七センチメートルと三センチメートル)

鼻部に一カ所(同一センチメートル)、上口唇部に一カ所(同一センチメートル)

(ロ)  左膝部赤色痕

二×一・五センチメートルのもの一カ所、長さ七センチメートルと五センチメートルのもの各一カ所、同一センチメートルのもの二カ所

3  原告の糖尿病は精密検査の結果判明したもので、本件事故の受傷の治療と併せて治療も行われたこと、しかしながら入院中は主として本件受傷による治療が中心であり、通院中はむしろ逆に糖尿病の治療が中心であり、これと併せて本件受傷の治療も行われたこと。

四  損害

(一)  治療費 一九七万七五九〇円

前掲の甲第四号証の一ないし七、第一〇号証および原告本人尋問の結果とこれにより成立の認められる甲第一一号証の一、二、第一二号証の一、二によれば右金額が認められる。

(二)  入院中雑費 七万六八〇〇円

入院中雑費として原告の請求は相当と認められる。

(三)  付添費 三四万八五〇〇円

前記甲第二号証の一、二および原告本人尋問の結果によれば原告は入院時から昭和五三年三月三一日までの間は付添看護を要する状態であつたこと、原告が重態であつた間は原告の夫や子が、その後は実妹が付添をしたことが認められ、右の付添がいずれも親族であつたことおよび当初はかなり重篤な状態にあつたことに照らし、昭和五三年一月三一日までは一日当り三五〇〇円、その余は同三〇〇〇円を、相当な損害としての付添費と認める。

(四)  通院交通費 三〇〇〇円

前示のとおり原告の通院は主として糖尿病の治療のためであり、これと併せて本件受傷の治療も行われたというのであるから通院交通費についてはその三分の一を相当な損害と認める。

(五)  逸失利益 五一六万二七一四円

原告本人尋問の結果およびこれにより成立の認められる甲第六号証の一、二、第八号証、第一三号証によれば原告は本件事故当時訴外東邦観光株式会社の経営するクラブ「ハレム」にホステスとして勤務していたこと、そして昭和五二年一月から同年一一月まで一カ月平均四二万八七九七円の給与の支給を受けていたこと、しかるに本件事故による受傷のためその翌日から昭和五三年五月二〇日まで休業し、翌五月二一日から勤務に復したが同五四年六月二〇日までの間の一カ月平均給与額は二二万〇三九一円であつたこと、右給与額は主として飲酒客の指名回数によつて定められている日給額と指名料によつて決定されるものであること、原告は勤務期間中、衣服代として年間一五万円程度、髪のパーマ、セツト代として月間約四万円、化粧品代として月間四、五〇〇〇〇円、交通費(片道タクシー利用)として月間三万円以上を要していたほか、自己の責任で貸与した飲食代金の回収不能分として一カ月二、三万円程度負担することもあり、またなじみの客に対し時節の贈物もしていたこと、の各事実を認めることができる。

右事実によれば、原告は休業期間中もその以前におけると同じ程度の収入を得られたものというべきであり、一方その出費を免れた金額は収入額の三割相当額と認めるのが相当であり、また復職後の収入減については原告の受傷および後遺障害の部位、程度やその職種の特殊性からしてこれを否定できないが、原告の年齢(受傷当時満四五歳)や原告が糖尿病を患つていたこと等の事情を考慮すると復職後の収入減の全てが本件事故に起因するものともいえず、諸般の事情を総合すると休業期間中における純収入額の二分の一相当額について復職後二年間の限度で本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

よつてこれを算出すると次のとおりである。

(イ)  休業期間中の損害 一五六万〇八二〇円

42万8,797円×0.7×(5カ月+6/30日)=156万0,820円

(ロ)  収入減による損害 三六〇万一八九四円

42万8,797円×0.7×1/2×24カ月=360万1,894円

(六)  慰藉料 三一〇万円

原告の受傷の部位、程度、治療経過、後遺障害の部位、程度その他諸般の事情を総合すると原告の慰藉料額は三一〇万円が相当である。

(七)  弁護士費用 五〇万円

本訴認容額その他の事情を勘案すると原告が被告に対し請求し得べき弁護士費用は五〇万円が相当である。

五  過失相殺

前記認定の事実によれば、原告においても横断禁止の信号を無視し、かつ到来して来る加害車の動向に全く注意を払わないで漫然と歩行横断を継続した点において相当重い過失があつたものといわねばならず、その過失割合は三割と認めるのが相当であるから、前記損害のうち弁護士費用を除くその余の損害についてその三割相当額を過失相殺することとする。

六  弁済および損益相殺

被告らの右主張のうち被告会社が五四万円の支払をしたことおよび原告がその加入していた保険契約の災害保障特約条項により災害入院給付金として三六万円の支払を受けたことについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三五号証の一、二によれば自動車損害賠償責任保険金として治療費分四六万円、後遺障害分一五七万円の支払がなされたことが認められる。

右のうち災害入院給付金は損害保険金と認むべき証拠がなく、従つてこれを控除することは相当でないが、その余についてはこれを前記損害額から控除することとする。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は被告らに対し五三九万八〇二二円および内金四八九万八〇二二円につき遅滞の日である昭和五二年一二月一五日から、内金五〇万円(弁護士費用)につき本判決言渡の翌日から、各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で正当であるからこれを認容することとし、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田長生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例